まずは…わざわざ観に来て下さった方々。
ありがとうございました。m(_ _)m

花を手向けて下さった方々。
ありがとうございました。m(_ _)m



(想定より待ちがあった為暇潰しにノリノリで撮影)

明けて本日。

一年振りに月丘帰還致します。

…一年振り。とは云え…
今回は「月丘色」高い上がりになりましたので(笑)、
正確には「ス劇場昇天以来」と云えましょう。

お好きな方、お好みに合わない方、それぞれでしょうが

コレが月丘
ご理解戴ければ。と思っております。

それでは皆様。

「浅草東洋館」でお会い致しましょう。m(_ _)m

昨夜0時前に除夜の鐘を鳴らしに行き、
明けて快晴と云うコトで「初日の出」を拝む思案もしてましたが…

爆睡でした。すっかり

で。
「血迷言」で藤乃も書いてましたが、「月食」とのコト。
そして今夜は「満月」でもありました。

新年明けて、新しい満月の光をタップリと浴びながら
本年の良きコトをお願い致しましょう。

明けましておめでとうございます

20100102000702

…7月7日になりました。
本日は「七夕」。

「語呂が良い」ってのもあり(笑)
そして…

「携帯版 月丘慕情」
「白昼夢 - 月ノ囈言 -」
開帳記念。

コレもありなので、
ココで遂に!!

ワタクシと藤乃の

「出会い?今に至るマデ」。
この回想録を
シタタメました。

ワタクシから藤乃へ
愛を込めて
そしてこれからもこの
「縁」がずっと続くよう…

七夕に願いを込めて


馴レ初メ -藤乃トノ事-

0時になってハッと開けました。

いきなりココに「告白文」上がってました。


そゆコトでよろぴく


せっかく春らしくなったかと思うも
またまた寒さが戻り、憂鬱な日々を送っています。(寒いのキライ)

皆様、ご機嫌如何でしょうか…

さて、片っ苦しい挨拶はさておき
そろそろお知らせしとこうかと思います。

いよいよ今月をもって、
月ちゃんはハダカを人前に晒すのをヤメるコトに致しました。

はいソコ。「あ。まだやってたの」とは云わないね。←誰に云ってんだべ



いや?随分と図々しく、長いコト人前で粗体晒してましたが
この何年か(つーよりこの1年)で、本気で肥りましてね…

体質が「肥れない」から「痩せれない」に変化してしまいました。

「痩せるか、辞めるか」の選択を強いられましたが(自分でね)
反省の色が見受けられない為、処罰を下すコトに致しました。

(藤乃には「どんな選択ですかっ(爆)」と笑われましたが)

…つーかね。

ぶっちゃけ年々減って行く仕事量。
その上旅等の遠出は出来ない身辺状況。
(ソレでも数回は行きましたが)

行ける場所や時間の制限もあるワタシには、
ホントに請けれる仕事が無くなって来ました。

「行けるトコロで、仕事ある時に行きゃーイイや」

と云う、いつもながら暢気な考えで続けては来たモノの
プライベート>仕事と云う比例差が大きくなるにつれ、
何とも仕事が本気で辛くなって来ましてね…

たまの仕事→寝込む→生活改善→改良→たまの仕事→寝込む…

ソレなりに楽しんでた仕事中や帰り道、
体調悪くして白目剥いてるコト多発。そしてその後寝込む始末。

この繰り返し状況に段々ウンザリして来ました。

そして、プライベートの時間が殆どになってしまい
「気を使わない生活(サイテー)」が殆どになってしまうと、
この仕事は本当に「大変」「キツイ」と云うコトを初めて知りましたよ。

ま、現場行ってしまえば
仕事は「普通に」こなしてはしまうのですがね…
コレはホント、恐るべし条件反射です。(笑)

しかし!!
急激な体重増加はホントにキツく。
衣裳のチャックは上がらなくなるし、
藤乃から借りた衣裳は「勝手にハルク」するし…(や、破ったり壊したりはしてないですよ

そんでもって、有り得ない位汗かくしよー(-_-;)

「肥ってる=汗かき」ってホントなんだなぁ…って、すごい痛感です。
(フーフー云ったりするし。爆)


んでね。

他人様が読んだら、「なんだそりゃ」かもな話ですが
間もなくの1年前。ワタシの親父が他界しましてね。

何か、その辺りからワタシの思考が少し変わりましてね。

も、いいかげん生活変えるのがイイかもなぁ?…。

そんな気になって来たトコロで
優柔不断なワタシにはちょうど良いカンジで仕事量も減って来ましたので

「んぢゃそろそろ」って気になりましてね。

本当は昨年末で〆たかったのですが…
つい「ウッカリ」依頼を請けては後悔し…

ハダカ踊り始めたのが、ちょうど春だったのもあって
(確か4月1日だったなぁ)
頃合いも良いんで、ココでふんぎり着けようってコトにしました。

遂に完全なる「引退」でございます。

いやー、そう考えると何だか本当に解放感です。
もう気兼ねなくて良いや感満載です。←もっと肥る気なのか


あ゛。
あと1回、まだ仕事残ってんだっけ…

ソレ終えるまでは、ちょっとだけ気ぃ抜けませんね


…と、云うコトで。

「月ちゃんあと1回」です?。
良い年でありますように☆
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今年も、改めません。
なすがまま。です。


今年も、懲りずにどうぞヨロシクです。


(しかし快晴青空の下で呑む酒は旨い♪♪♪)
おめでとうございます?


今年は良い年でありますように☆←「は」がポイント

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年賀状や年賀メールを下さった方々。

ありがとうございました。

…「喪中」って云うと、年賀状などは届かないでしょ。
アレ、意外と寂しいんですよね。

後にココ等を見て、お詫びをして下さった方々。
どうぞ気になさらずに。
新年のご挨拶は、やはり嬉しいモノでありました。


本日はせっかく着物を着たのに外は雨。
身内来訪のため、襷がけで一日中家にいました。

そのままの格好で失礼ではありますが
(その上風邪発熱くしゃみ連発でほぼ化粧は取れ)

皆様にあらためてご挨拶。

今年も良い年でありますように♪♪♪


…と。藤乃へ。

旧年中は大変お世話になりました。
ホント、色々と心より感謝しております。

今年も懲りずに大変世話になるコト確実。(おい)

どうぞ宜しくお願い申し上げます。m(_ _)m





…来年は「喪中」のため
新年のご挨拶が出来ません。


その上さっきまでTVに夢中で、
すっかりご挨拶の書き込みを忘れてたーっ。

…なのでとりあえず。


皆様、良いお年をお迎え下さいませ♪



誠にご苦労様でございました。

幽廓閉館後に慕情開帳と云う案が出て
本日まであまり日が無かったですもんね。

多忙な中、作業して下さり
本当にありがとうございました。


…んで

ギリギリでアクシデント続発、大慌てだったそうで
その間に封印すべき「プレミア画像」を間違えてアップしちゃったらしいですが

チキショー。すんでのところで見逃したぜ。

…見たヒト、いるんだろーか。(ガクガクブルブル←懐)


ま、何はともあれ
新たに始まりました。

包み隠さず、喋り倒そうぜよ。



まずは寝てからね。オレも眠い(∋_∈)


ではでは、おやすみなさいですぅ(~0~)
・・・カカカカ。






だから、「今宵も続く密談筆戯」って
書いてあるでしょーが。



続くんですよ。 まだまだ。
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2年前の2月14日。

月丘幽廓は開館致しました。

「月丘雪乃」と云う
一踊り子の記録、とでも云いましょうか。



元々の発端は
月丘が以前舞台を降りた後で
月丘の創った舞台演目を盗み、
「我が作品」とばかりに公演した踊り子がいたのを
風の噂で聞いたのが始まりでした。

月丘は特に自分の舞台を
「残す」つもりはありませんでしたが
そんな話を聞くと
やはり我慢ならないのが本音でありました。

その時に随分と、自分の中では消化していたつもりの

「楽しい、愛するが裏での卑劣な行為」

コレを思い知らされ(解ってはいたのですがね)

当時、仕事を離れてから交流が深まった藤乃と
仕事に戻るつもりが無かった月丘とで

「実は(現役中に)云えなかった話」
を暴露しようと

藤乃のご好意によって月丘幽廓を立ち上げる際に
ココ、「戯れ言」を
作ると云う企画も出たと云う次第でありました。

そして、月丘幽廓開館。
「戯れ言」はほぼ毎日更新を続けました。


それから間もなく、
予定外に月丘が舞台に戻ってしまった為
正直、恥ずかしながら
「守り」に入るが故、あまり過激な話をするのは
控えざるを得ない状態になってしまいましたが・・・。

ソレでも、云いたいコトを云い放題で続け
あっという間に時は経ち・・・

気が付けばはや2年。

殆ど毎日に近い藤乃との「筆談」←書き込みと云え。
よくぞ続けて来れたと自分でも感心致します。

それはやはり、2人の「」でしょうか。

・・・。

そして予想外にも、沢山の方々が
月丘幽廓にご来館、楽しんで戴けたコトは
誠に有り難い限り。


自分は自分の好きなように
やれ「劇場日記」
やれ「建築探訪日記」など
楽しんで書き込んでいましたっけ

藤乃との「会話」も毎回真面目、不真面目合わせて
随分盛り上がったモノでした。
(ヤキソバで盛り上がり、
 1日の書き込み制限を超えてしまったコトも)

腹かかえて笑い、腹煮えくりかえる程憤慨し

寝る時間を割いての書き込みに
フラフラになる日もありました。

思えば、あっと云う間でした。

まだまだ話は尽きるコト無く、続けられるのでしょうが
月丘が完全に舞台を降りた、と云うコトで
月丘幽廓は閉館するコトに致しました。

ココがあったお陰で、ほとぼりが冷めました。

全ては幽廓管理人、藤乃のお陰。と思っております。

月丘幽廓を知って貰えたコトも、
舞台復帰後に、多くの方よりご支援戴けたコトも。

そして、何より自分が1番仕事をし易かったコトも。

月丘幽廓があったからこそ、と確信しております。


ありがとう。 藤乃。
(とは云え、2人の「」は消えるワケも無く)

そして、ご支援下さった多くの来館者の皆様。

2年と幾月かの間、お付き合い下さり
本当にありがとうございました。



また、何処かでお会い出来るコトを心より祈ります。


久しぶり、最後の「今日のセリフ」

皆様方よ。 さようならでございますよ。

(「丑三つの村」ラスト主人公(故古尾谷雅人)のセリフ
  終わりに相応しいセリフである。←ホントか)


月丘幽廓館主 月丘雪乃
よくわかんねー。(笑)


でも、「初笑い」な年明けってイイぢゃナイですか。


オレなんてよ
「年賀メール」を送ってたら年明けちゃったぜ。



あー藤乃。 そして皆様。

今年も宜しくお願い致しますね。
おめでとうございま?す♪
・・・ちと、長かったか。

明けましたオメデトウございました。

冗談じゃありません。
先月自分の時間をすっかり奪われた生活をしていたので
年末は後始末に大わらわ。

やっと大晦日から日付が変わる頃に少し落ち着き、
何だかコドモの頃以来久しぶりに
正月をまったり迎える時間は幸いにも取れました。

しばしの幸せな時間でした。

が、その後はまた何だかんだと朝から予定が詰まり、
アポなし訪問などで予定が狂ったりもし、

全く「ゆっくり」ドコロじゃナイ正月です。

確かに、やってるコトは「正月」なんだけど。

何にもしないで1日中寝ていたい!
朝は早いし、1日中やらなきゃイケナイコトで一杯だし。

ちっとも「悠長」じゃありませぬ。

・・・つーコトで、ぱそにも向かいませんでした。
(正月メールなどはとりあえず送ったりしたが)

あぁ・・・今夜ももう3時だ。

明日も朝早い。 明日もモチロン用事有り。

正月、キライになりそうだ。


・・・あ、そうそう皆様へ。(一部の方に限る)

昨年は迷いに迷って出戻りしましたが、
暖かく迎えて戴き、また暖かく応援して戴き
本当にありがとうございました。

今年もまた、ぼちぼちですし、
いつまで続けられるかホンキで判りませんが
続けられる限りまぁ、自分なりにやっていきたいと思ってます。

なので今年もまぁ、ぼちぼちと宜しくお願い致します。



・・・それと藤乃。 今年もヨロシクね。


そーそー、来週仕事らしいぜ?・・・。
ワケも判らずにいじってみたりして。
壊したらゴメン。

劇場を降りてからは、
時間的に拘束の短い「フロア」の仕事を藤乃が紹介して下さいました。

藤乃は勿体無くも劇場を早々に降りましたが
もとよりの「真面目な」「キチンとした」性格の為
こちらの世界でも人気が高く、
そんな藤乃からの紹介で新たな世界に移れたコトは幸運でした。

お陰で、大きなトラブルや「嫌な思い」を特にせず過ごせました。
(ちっちゃいコトは仕方ないですがね)

そして「藤乃と一緒に」現場に乗せて貰えるコトも多々あり、
ワタクシ的には「のんびり」「楽しく」仕事をさせて貰えました。

藤乃は大変だったでしょうが…m(_ _)m

ソレに伴い我がHP「月丘幽廓」は閉鎖。
メモリアルとして「月丘慕情」を新たに作成してくれ、

「戯れ言」は「世迷言」として
新たに、そして継続して藤乃との会話を楽しんでいました。

トコロが。
心無い輩や詮索好きな輩のせいで
「姐さんに迷惑が掛かってはイケナイ」
藤乃は自分のサイトに「血迷言」を立ち上げ
完全独りのブログを始めてしまいました。

ソレに重なってワタクシも、
「定期的」だった仕事が「たまに」になり
「オフレコ」にしていたプライベートの時間の方が主の生活になり…

ブログに書き込む「ネタ」が激減してしまいました。

「閉めるか…ブログ…」

そしていよいよ、仕事自体継続するのが困難になって来た頃、
新たな「提案」を藤乃が投げ掛けて下さり

この「白昼夢」が出来上がりました。


お互いの生活が真逆になり、
なかなかメールすらもし難い状況に陥っていた頃に
久々の「盛り上がり」でした。


今も、そしてコレからも
ワタクシ達の「話のネタ」は尽きません。

今までの感謝もモチロンのコト。
そしてこれからも「懲りず」に

藤乃、どうぞ宜しくお願い致します。


2009年7月7日 +++月+++

1997

「1997年 新宿歌舞伎町ニテ撮影」

…そんなこんなで、何年?

もう随分長く続いていますね。

藤乃にワタクシのHP「月丘幽廓」を作って戴き、
その中にあるブログ「戯れ言」。
ココで日夜藤乃と会話を楽しんでいました。

ん…
コレがあったからこそ、お互いの「胸のウチ」等をぶつけ合い、
お互いのコトが段々「解って」行ったのだと思います。

ワタクシが妊娠してしまい、劇場仕事後に処置をしに行く時も
劇場仕事に限界を感じた時も
再度妊娠して舞台を降り、出産した時も

復帰してその後の舞台創りも。

全て藤乃は見て知っています。

ワタクシの子供に関すれば
出産時はお祝いも兼ねて病院まで会いに来てくれ、
ジッサイ「子供苦手」らしい藤乃も「イヤイヤ(笑)」付き合わされ
成長の経過を全て見ている為

我が子は藤乃のコトを「身内」と思ってたりしています。(笑)

そしてその後の舞台創作にも
こちらが子育ても重なって体力が続かないのを理解し、
細かな作業等を手伝ってくれたり。

いつも色々と「助けて」下さいました。

劇場引退の際にもスケジュール目一杯で忙しいにもかかわらず、
わざわざ劇場に駆け付けてくれ

ケロッと最終舞台を終えて楽屋に戻ってきたワタクシに、
涙いっぱい溜めた目で「お疲れ様でした」
云って下さいましたよね。

あの時ワタクシは本当に
「只、晴れがましい気持ち」で舞台を降りました。

「涙する」と云うよりも「晴れ晴れ」と。

何とも「開放感」な気持ちでした。

でもね。
藤乃のあんな目ぇ見て、何だかワタクシの引退が、
藤乃に対しても何か「思うコト」あったのかなぁ…と

フと、藤乃が劇場から離れたコトを思い出し
藤乃に対するこちらの勝手な「思い」が込み上げてしまい、

つい貰い泣きをしてしまいました。

自分達が「感動」させてやろうと思ってた後輩達が
ちっとも「そんな気」を見せないのに、藤乃の顔見た途端
涙したワタクシを見て唖然としていたのを、今でも思い出します。

…付き合いの「度合い」ってモンが違うんだよな~。(笑)


・・・「更新」へ続く。

そしてとある場所にて、遂に藤乃との再会です。

喜び余って歓喜に奮えるワタクシに対して、
気のせいか「クール」な藤乃の対応。

しかし、再会出来た喜びに
ワタクシはそんなの「お構いなし」でした。(勝手爆)

再会を果たした後も、
残念ながら住む場所も仕事も違うワタクシ達は
まだまだ「連絡頻繁」とは行きませんでした。

結局、藤乃が云うトコロの
「赤っ恥ユニット」(爆)で幕を下ろしてしまった
藤乃を引き合わせてくれた◆嬢の企画。

その間その企画に対して、藤乃から色々と話を聞いたコトが
今継続してる付き合いになるキッカケ…になりましたかね。

ホント、「妙な縁」でありますな。

その後藤乃がワタクシのサイトを新たに作成してくれると云う
(ソレまでは劇場客が代わりに作ってくれていました。)

非常に恐縮、申し訳ナイやら有り難いやらな提案を下さり、
そしてその打ち合わせも兼ねて
「公私共に」話し相談し合えるようになり、今に至ります。


…何故藤乃が再会の際に「クールな対応」だったのか。

ワタクシが「友人」と信じ
藤乃にワタクシの連絡先を教えるよう頼んだ
藤乃最後の舞台週に一緒に乗っていた、あの「△嬢」。

(注:「◆嬢」と「△嬢」は「別人」です。)

この△嬢は藤乃にワタクシの連絡先、
ぢつは伝えてくれていませんでした。

そして藤乃も△嬢にあの舞台最後の週、
ワタクシへ連絡先を伝えるよう頼んだそうですが

ワタクシはモチロン、△嬢から藤乃の連絡先は聞いていません。

藤乃はその後ワタクシからの連絡が一向に無かったのに
(当たり前だ、知らないんだから)
再会の時にやたら喜んでるワタクシを見て

「…連絡くれなかったクセに」

と、不信に思って「クールな対応」に至ったのだろうと
後日この「事実」と共に藤乃と話しました。(あぁ、スレ違い。笑)

…ら、
「違いますよ~」と藤乃。

「クールな対応」だったのは
「人見知りしてたんです。^^;」と藤乃。

なんぢゃそりゃウソこけ。(爆)


…しかし。
自分だけが藤乃の連絡先を掴み、ソコで「止めてしまった」△嬢。
(とは云え△嬢自身が藤乃に特に連絡してるワケでも無く。)

藤乃が舞台を降りた後日、ワタクシと△嬢で藤乃の話になった時

「連絡先教えてくれたよね?」と、チラッと訊きましたが

「ん。でももう踊り子とは連絡取りたくナイんじゃナイかなぁ…」
とか、云ってましたっけね…。△嬢は。

確かにそうかもな。と、その時納得したワタクシではありましたがね。

♪ヒトは~コワイ~♪
♪コワイ~モノ~ですねぇ~♪


そんなこんなで無事藤乃との再会を果たし、
「公私共に」信頼出来る付き合いをするようになって

その後ワタクシと△嬢との付き合いには、スッカリ幕が下りました。


・・・「継続」へ続く。

藤乃が舞台から降りてその後、
些か「反省」と云う気になりまして…

なるべく親しくなった踊り子との交信はするように「心掛け」ました。

ある時都内の劇場にて。
突然楽屋に訪問し、いきなりワタクシの前に正座してアタマを下げた
見ず知らずの女の子がいました。

この劇場の専属で、
人気上昇中と云う(らしい)踊り子(以下「◆嬢」とします。)でした。

「一体ナニが?」と誠に失礼ながらピンと来ないその風貌とは裏腹に
ダンス経験もあり舞台が面白く、
ソレなりに客を掴んでいると云う(らしい)◆嬢。

そんな◆嬢が、この劇場のある意味「顔」でもある先輩踊り子を差し置いて
(その先輩踊り子は後に激怒してましたっけ…苦笑)
ワタクシに向かってアタマを下げている。

「舞台を『勉強』させて貰えませんか?」

どうもドコからか、間違ったウワサを耳にしたらしい…。
何でも「絶対月丘の舞台を観るべし」と誰かに云われ、
わざわざやって来たらしい。

この週は珍しく「真面目」に舞台をしていたので、
まぁなんと良かったぁ?。と思いましたが…(苦笑)

◆嬢とはソレから、舞台で一緒になるコトもあり
そしてワタクシが都内の劇場に乗る時があれば出向いて来たり。

でも結局ワタクシの方は◆嬢の舞台を「生で観る」コトがナイままで…。
(◆嬢は早々に劇場を引退してしまいました。)

ソレでも反省して、連絡先等を明確にしていたのが良かったのですね。
◆嬢からは舞台を降りた後も、何かある度に連絡が来たりしていました。

「今度、場所借りて劇場ではない『ヌードショー』を企画してるんです。」

珍しくオフで会った◆嬢に、こんな話をされました。

「姐さんも出てくれませんか?」

見た目とは裏腹に(何度も云うな。笑)
行動的な◆嬢に感心しながらも、
特に拒む理由も無かったので、カンタンに請け合い
その時、◆嬢の口からワタクシ以外に声を掛けてる踊り子の名前を聞き…

耳を疑いました。

「姐さん知ってるかなぁ…?」

『藤乃姐さん』って、もう劇場辞めちゃった踊り子さん…」

何と妙縁也。
こんなトコロで、そしてあれから何年と経った今…

藤乃の名前を聞くなんて。

「カンタンな請け合い」気分では無くなりました。

もう二度と、会うコトなんて無いだろうと思い
ウワサすらも「発禁」ぽくなっていて耳にしなくなった名前。

どうしてこんなトコロで再び耳に出来たのか、
実は未だに「不思議」だったりします。(笑)

兎にも角にも、誠に不思議な縁あって
ワタクシは藤乃と再会出来るチャンスを掴んだのでした。


・・・「再ビ再会」へ続く。

ワタクシは他の踊り子とは、「一線を置いて」お付き合いしていました。

…こんな書き方をすると、「高飛車」っぽいですね。(笑)

そうではなく、
踊り子と、「仕事以外」でのお付き合いまではしたくなかったのです。

あ。こう書いても「高飛車」っぽいな。

つか、「仕事」と「プライベート」を分けたいと云うかぁ~…
(段々ダラダラになって来た。笑)

ワタクシ的には「何でも一緒」って云うのは基本的に苦手なんですね。

「仕事は仕事」「自分は自分」。

プライベートな時間って、一番大事でしょ?

当時まだ踊り子との交信は「楽屋の電話」を使う他無く
相手の出番時間を把握して、待ち時間を狙って電話をする。

こんなカンジでした。
(手紙くれる踊り子ってのも、たまにいましたね。)

でも、待ち時間出掛けたり
急な用事が出来たり、食事や疲れて寝てたり等の大事な時間。
ヒマな自分のエゴで相手のその時間を奪うのがワタクシはどうも苦手で…

殆どの踊り子と「同じ舞台」に乗る以外で、
交信するコトはありませんでした。

その後「ポケベル(懐!!)」
踊り子達は早く取得した「携帯電話」と変わりましたが、
ソレでも殆ど電波交信はしなかったです。

コレが、ワタクシの意に反して
「悪い方向」に行ってしまったのが、この時のコト。

何と藤乃が予定していた劇場に来ず、
そのまま「飛んだ!!」と云うのを耳にしました。

コレはワタクシにとって、非常にショックな出来事でした。

その前の週。(前々週か?)
藤乃は神奈川県のとある劇場に乗っていました。
その劇場には唯一ワタクシが踊り子の中で「友人」と思っていた人が
一緒に乗っていました。

その友人(以下、「△嬢」とします。)だけが、
ワタクシが定期的に別の劇場から交信する踊り子でした。

この時も△嬢に連絡をした際、
「今週藤乃ちゃんと一緒だよ♪」と聞きました。

「ヨロシク伝えといて♪」

ワタクシは△嬢に、この時は既にあった携帯電話番号と
確かメアドも藤乃に教えておくよう云ったのでした。

「いつでも連絡くれよ。と伝えて♪」と。

しかしその後、突然藤乃は消息不明になってしまったのでした。

…風のウワサで藤乃が舞台を降りてしまった理由を聞けば
何とも納得の行かない、腹立たしい理由。

こちらから連絡する術は全く無く、
そして藤乃が△嬢からワタクシの連絡先を聞いていようとも

「多分踊り子関係のヒトには絶対連絡したくナイだろーな。」
そんな風に感じる内容でした。

この世界から「切れたい」と思っての降板だった、と感じました。

もっと早くに、直接連絡先を伝えておけば良かったのかも…
しかしそのようなコトを自分で拒んで来たワタクシには「今更」でした。

とても納得の行かない理由で劇場から降りてしまった藤乃。
ワタクシ的には本当に「勿体無く」また何とかならないモンかと
珍しく本気で考えたりしました…

この世界の「理不尽さ」と云うのを強く感じ、
こんなコトだから「良い踊り子が長く続かない」んだと
とても腹立たしく思いました。

そして、自分もね。
「ちゃんと連絡先、聞いときゃ良かったぁ~」って。

藤乃から直接「心情」を聞くコトも
そして何よりきっと「コレきり」になってしまうだろうこの事態。

残念無念な幕を閉じてしまったのでした。


・・・「妙縁」へ続く。

今思えば、初顔合わせで舞台を観せるコトをしないで
良かったのかもしれません…

やる気の全くナイ時に出会い、
そんな気でやり過ごしていた舞台なんて見せてしまったら
今、藤乃との付き合いは無かったのでは?と思います…。


暫くして、藤乃とは巡業する劇場が同じトコロが多いのもあり
幾度と再び一緒の舞台に上がる機会に恵まれました。

勿論ワタクシもそうでしたが、
不思議と藤乃はワタクシに対して好意的で
楽屋は違えど顔合わせれば話し、
また同じ楽屋では色々と「クダラナイ話」で盛り上がったりしてました。

ただ…
ワタクシと藤乃が一緒になる劇場は「大阪」「京都」「東京」の三都。

必ずどちらかが「通い」の劇場でした。

「楽屋泊まり」と云う生活で
オカシナ云い方ですが「夜を共にする」コトで、その人を知る。
こんなコミュニケーションの取り方もありますが
ワタクシと藤乃はいつも「どちらかが帰る」為、ソレは叶わずでした。

…でも。
今思えばソレもまた、良かったのかもしれませんね…

開演中での会話は、あまりに他愛無く
なので余程「自分を喋りたい」タイプのコでナイ限り
細かなプライベートまでは判りません。

そしてやはり「仕事中」ですから
舞台に関する話で、話は盛り上がるか
息抜きの為「クダラナイ話」でその場しのぎをするかが大概です。

初顔合わせから再会して、色々「勉強」したのか
藤乃も「個性」と云うモノを大事にする術を身に付けたようで
舞台に対する思案は、なかなか良いモノになっていました。

が、ワタクシ的に些か心配なきらいも見える時がありました。
(注:きらい→嫌いではナイですよ。)

藤乃は「一生懸命」なんですね。

ソレはとても良いコトですし、否定するコトでもありません。

ただ…
勝手ながらワタクシ的には「良い踊り子」には長く居て貰いたい。

ある時藤乃が舞台に対して思い悩んでいたので、云ったコトがありました。

「ほどほどにしときなよ。」

良いモノを創れば、より「もっと良いモノ」を求められるのがこの仕事。
(ま、ドコもそうですがね。)

しかし商品が「自分自身」なこの仕事は
自分をまず大事にして、ある程度セーブしないと早くに「潰れて」しまう。

長く続ける為には、
「今回はこの辺でヤメとこ。」ってのも必要です。

でも…「考え方の違い」っての、ありますからね。

「いーかげん」なワタクシの考えは
真面目で完璧を求めるタイプの藤乃には、通用しない…のかもな。

好きなモノは共感するも、
お互いの個性の出し方が違う為
いつもワタクシは藤乃と「舞台で会う」のが楽しみでした。

藤乃も、そう思って下さってたようです。(た、多分ね。)

だからこそ、長く居て欲しいと思ってました。

しょっちゅう一緒ではナイけど、時折運良く同じ舞台に乗れる。
この「楽しみ」が長く続けば良いと、
いつもワタクシは藤乃に対して思っていたのでした。


・・・「消息」へ続く。

ワタクシが踊り子当時、ちょうど仕事意欲が失せていた頃(1995年)
京都にあった某劇場にて藤乃と初めて会いました。

この時ワタクシの出番は一番最初(トップ。と云います。)
藤乃はデビュー間もない売り出し中の「AV」で出番は最後。
(トリ。と云いますね。)

比較的大きな劇場。
1階が劇場、2階に照明(投光)室と従業員部屋
そして出演する踊り子が使う楽屋とあり
楽屋は2、3人で使う「大部屋」
(ココでは「二人部屋」とか云いました)が2つ。
1人で使う「小部屋」が6つもありました。(7つ…だったかも。震)

ワタクシはココの劇場には定期的に乗せて戴いていたので、
大概いつも決まった小部屋で生活させて戴いていました。

初日の朝早くの乗り込みで、この週出番がトップのワタクシは
半ばボーっとしながら届いた荷物の整理や出番の準備をしていました。

初日開演前は出演者の初顔合わせや、ショーの段取り等で
自分の出番の支度も併せて慌ただしいので
落ち着くまでは楽屋のドアは開けっ放しにしておきます。

特にココの劇場はそれぞれが個室の為、
閉め切ってしまうと他の出演者とのコミュニケーションが取り辛くなります。

ワタクシが入る楽屋は廊下に連なる個室の一番奥。
ソコからまた少し奥に進むと洗濯物を干すスペースと2、3人用の部屋と
(ココは当時「白黒」さんがよく入りました。)その本当の奥がトイレ。

一番奥の「二人部屋」に用あって行くか、
洗濯物を干すかトイレに行く以外は
ワタクシの部屋の前を人が通るコトは殆どありません。

通るついでに初日の挨拶を済ませられるよう、
敢えて部屋の入口を開けたままにしていました。

「お疲れ様です。今週宜しくお願い致します。」

当時ワタクシもそうでしたが、
大した媒体に出たワケでもナイのに
「アダルトビデオ畑」「ピンク映画畑」からストリップ入りした踊り子は
「AV」と云う肩書きを付けられて踊り子デビューをします。

そうして踊り子入りした子が、この当時は「トリ」
または「トップ」として香盤(出の順番)に上がります。

ワタクシの場合なぞは「AV」ではなく、
地方の珍しい温泉「秘湯」を巡り湯に入って裸を見せる
「温泉ビデオ」に出た位で「AV」。で「トリ」。

どうにも「売り」が曖昧で、早くこの肩書きを外して欲しかったです。

もっと悪いのは、申し訳ナイが見たくれも悪く
企画モノのビデオに出演した位で「AV」として踊り子デビューをする
粗悪品紛いな者も多く、またその方が当時は多かったです。
(ワタクシもね。笑)

このAVが1人しか入らない週はやむなく「トリ」に乗りましたが
この週のように2人入る時はワタクシは「トップ」。

「トリ」と云うムダなプレッシャーはナイし
京都の劇場は終演が早い。(トップだと20時には終わる♪)

10日間の興行が終わる「楽日」に、
京都から東京へ帰るコトも出来るので、嬉しくてたまりません。

「初日の支度」をしている時既に
「楽日終わって東京行きの新幹線に間に合う算段」をしている
何とも不謹慎な時。

フとまた入口から聞こえる声に顔を上げました。

「お疲れ様です。」

入口前でキチンと正座をして挨拶してる、綺麗な女の子がいました。
(大体は「立ったまま」での挨拶で済ませます。)

カラダは小さいけど、一見「可愛い」カンジだけど
見れば美人な女の子でした。

コレが藤乃でした。

すぐに「今週トリのAVさん」と判りました。

…ほぉ。珍しく「マトモに綺麗」なコが、今週は一緒なんだな。とも。
(「マナー知らず」なAVが当時多かったです。)

「宜しくお願いします~」

関心しながら挨拶を返すと、
何だか心配そうに藤乃は質問を投げかけました。

「…お姐さん、『AV』って看板付いてますけど、ドコの会社から出てますか?」
(ドコのビデオ会社から「月丘の」ビデオが出てるか?ってコトね)

失礼ながら、爆笑でした。

「イヤ、出てナイよ。」とワタクシ。

「温泉の風呂入ってるビデオで『AV』だから…」

AV出てナイのに「AV」って云う踊り子と一緒だから、気にしないで。と
笑いながら藤乃に伝えました。

「紛いモノではない」藤乃ちゃん。
この時藤乃が「ぽかん」とした顔をしていたのが印象的でしたね。

コレが最初。

ココの劇場の造りでは唯一向かえに楽屋があるワタクシの部屋。
藤乃はその向かえの部屋が楽屋でした。

しかしワタクシは待ち時間中は当時引き隠って「寝て」ばっかり。
終演後の活動が活発になる頃、
藤乃は大阪住まいの為楽屋には泊まらず帰宅。

…あまり色々会話する時は無かったように思います。

ただ、不思議と藤乃はワタクシが舞台で使う音楽や
衣裳等に好感を持ってくれたようで、その辺の話はした記憶がありました。

しかしこの時のワタクシは冒頭でも書いた通り、
「仕事意欲が失せていた」。

藤乃にお願いされた「舞台を観る」コトも断り、
ソレもあってあまり「月丘の正体」と云うのも曖昧なまま
(その人の「舞台を観る」と云うのも、その人を「知る」手段でもあり)
楽日にはサッサと出番を終え、サッサと東京に帰ってしまい

藤乃との「初顔合わせ」は幕を閉じたのでありました。


・・・「再会」へ続く。

「白昼夢」作成にあたり、
今まで書き留めておくべき「藤乃とのコト」を
改めて残すコトに致しました。

…管理人「藤乃」とは?
…ブログで一緒に書き込みを入れる「藤乃」とは?

ワタクシ達やココを長く読んで下さっている方々は、
云わずともソレが「何か」はご承知のコトでしょう。

でも、考えてみればワタクシと藤乃の「付き合い」はもうかれこれ長く
今ココで初めて入場なさった方や
中途を見ただけの方にはよく判らないのでは…?

そして何より、
管理人はもとよりサイト作成にあたるまで
ココに関してのコトは全て携わって下さってる藤乃。

ちゃんと「部屋」を設けるべきと感じました。

「独りコッソリ」と云うワケには行かないので(出来ねーし。笑)
恥ずかしながら藤乃にこの提案を伝えたトコロ…

読む読む載せるっ(鼻息)

との有り難いお応えを頂戴し(笑)
早速作成に取り掛かりましたが…

あまりに長くなった付き合いの為、一頁では済ませられませんでした。
(苦笑)

よって「回想録風」に(まぢかよ。笑)
藤乃とのコレまでの経路を「なるべく簡潔」に書き上げました。

過去のブログ内でも話題にしていたりもありますが、
どんどん流れて下りて云ってしまう書き込み達…

ソレはあまりに「勿体無く」感じました。


ワタクシ達の奇遇稀な「縁」を
皆様にも知って戴きたく存じます。

そしてこれからも、この縁が長く続いて行くのを願いながら
ココに書き留めて置く次第でございます。


・・・「初顔合わせ」へ続く。

ワタクシ「月」は1992年春に踊り子「月丘雪乃」として初舞台に上がりました。

何故踊り子になったのか…