…に再会しました。
ワタシが子を産む前に会ったきりなので、
カンタンに考えてもそれこそもう12年は軽く時は経ってます。
(きっと14、5年振りです)

そんなに年月が経っての再会ぢゃ、もう誰だかワカランのでは?と
不安な気持ちもありましたが。

「わー久しぶりー♪」

「ぃやー変わんないよー。すぐ分ったよー」


顔見たら良い意味で変わらない。すぐに記憶が戻りました。(笑)

「もう、くたびれたしー(笑)」
「歳取ったしー(笑)」


とは云うモノの、気持ちの豪快さは「あの頃」とたいして変わってませぬ。

皆さんちょうど同じ時分にあの場所を去り、
今はまぁそれぞれ色々あった、色々あるのでしょうが落ち着いた暮らしをしている様子。

そんな皆さんの幸せそうな様子を見ていて、
そしてあの場所のその後をあらためて聞き
今更ながらやはり、あの時にあの場所から去って正解だったんだな。と痛感してしまいました。

我が子の体調がよろしくなかったため途中退散させて貰いましたが、
まぁ、この位で良かったかな。お名残惜しい気もしましたが。

元々大勢で集うのが気力体力的に苦手なワタシ。
そしてそれこそもう今となっては益々その気力体力が下落気味。

…みんな、相変わらず元気だなぁ。
(元気ハツラツ呑みに行っちまいました)

そもそも疲労感満載の木曜日ですから。
コレが金曜日ならまだ良かったな。と。
(だって明日も仕事ですしねぇ。。。)

皆さんとお別れした後の電車内で
あの頃の仕事1日分こなした位の疲労感に襲われながら(老体)、
こんな年月経って再会出来たコトを
ちょっと面白く感じた帰り道でございました。

そしてワタシ自身の体力の無さもあらためて痛感した次第でございました。
(´・ω・`)







寝台特急 あけぼの。


(物凄い人混みの中必死に背伸びして撮影してみた)

上野発ラストラン。なんだそうで。

発車の際、鉄道ファン達が

あ〝りがどぉぉぉーーーっTдT


お〝つかれさま〝ぁぁぁーーーっTдT

って絶叫してた。
(コレ、お約束みたいで半ばわざとらしく大げさに絶叫してる青年達がいた笑)

結構面白かったっス。( ̄▽ ̄)

しかし…こんな光景を見てると
ホントに昭和ってどんどん遠のいて行くなぁ…と痛感。

鉄子っぽく云ってみれば、
アタシャこのような古い型の車両が好き 。
型は違うがボンネットタイプとか、二つ窓とかのコロンとしたヤツとか…

…踊り子間もない頃。
関西の劇場から朝の乗り込みが厳しい関東の劇場へ行くのに
出番が遅く楽日に関東へ帰れず困ってたら、
大御所のお姐さんが誘ってくれ寝台特急に乗りました。

「寝台車に乗って帰る」なんてアタマも経験も無かったワタシは
(何しろその頃は関西方面で在来線にすら殆ど乗らず)
何だかワカラナイまま姐さんについて電車に乗り、寝台特急に乗り換え
姐さんと酒を交わしながら暫く話し…

いよいよ寝ようとなった時に

「頑張ってね。また会えたらよろしくね。」
と姐さんに云われ、丁重にお礼をしてお互い寝台のカーテンを閉じました。

お互い降りる駅が違ったので
そのままお別れしたまま、再びお会いするコトはありませんでした。

その時一体何の寝台特急に乗ったのか、
どんな車体だったのかも殆ど記憶にありません。
乗ったコト自体「夢」だったんぢゃないかと思ったりもします。
(何せ失礼ながらその姐さんのお名前すら記憶にありません…)

鉄子ぢゃなけりゃ、そんなモンよねぇ。

ソレこそ昔は次の劇場に向かうのに
最終の夜汽車にギリギリ駆け込んで、
窓から中の他人にスーツケースを受け取って貰い
車内に引っ張り込んで貰ってヤレヤレ間に合った´д` ;
なーんて話をコレまた超大御所姐さんから聞かされたコトもあります。

「今なんかさー新幹線とか普通に乗れちゃうんだから、楽なモンよー」なーんて。

…ちょっとそんなのを羨ましくも思ったり。笑

大変だろうけど、何度も乗り換えたり
長い時間掛けて目的地に向かったり。
そんなのがあるから記憶に残ったりするんだろうな。

ビューンとあっと云う間に着いちゃ
思いを巡らせる余裕もない。か。

ピーーーと云う出発の汽笛を聴きながら
そんなコトを思うひと時でした。


追記:鉄ヲである子が云うには
寝台特急であと残るのは、豪華なヤツ(カシオペア・トワイライト・ななつ星)と、
サンライズと北斗星だけになったそう。
乗れるチャンスは来るんだろーかしら。










…そんなコトがあってから、ワタシは益々
「おばちゃんになっても女の鼻息が荒い」女性に嫌悪を抱くようになりまして。

若いウチの血の気の多いのはイイですよ。

でもね…
35も過ぎて20歳そこらの娘達に目を三角にして息巻くの…
冗談なんかぢゃなく本気で息巻くの…

気持ち悪いですよ(∋_∈)

例えばもっと古い大御所のお姐さんみたく、
黒ベルベットの背中ガッツリ開いたドレスで
「大人の女の色気」なんかを
サラッとスマートに醸し出してんならカッコイイですが。

35過ぎておとぎ話のコスプレして
20歳そこらの女の子達に「負けないわ」とか本気で息巻くの…

間違ってるでしょ。

んで、そのお姐さん。
若い子達は怖いのか本気なのかやたらおべんちゃらしまくってまして、
あんまり若い子達がすごいすごい云ってるモンですから
一緒に舞台お勉強させて戴いたんですね。

見る前に挨拶したら

「若い子なんかに負けないから」

と、ソコでも息巻いてまして。

…で。暗転の舞台に照明が点き音が始まり…
おとぎ話のような設定の舞台が始まりまして。

なーんて書くと「え?女子プロレス」なんて誤解…

されませんよね。

いや、ぢつは電車に乗ってまして中吊り広告見て思ったんですが…

「40代女子、万歳!」とかコピーがあって
小泉キョンキョンとYOUがお洒落してニッコリ笑ってるんですね。

ファッション雑誌のようですが。

…いや、イイんですがね。
幾つになっても綺麗にしていられるのは良いコトだと思います。

ただ近頃の「女子」と云う云い方が、ワタシはどーも気に喰わないのです。
そしてソレを強調して
「アタシ頑張ってます(鼻息)」と息巻いてるみたいのが
何だかとってもキツく感じるんですね。

そして幾日か経ち…
あの鉢植えに揚羽蝶の幼虫がまだいるようだと家人が云います。

見に行くとソレは何ともみすぼらしい、茶色のゴミのようなモノが
葉にくっついていました。(1cm位の大きさ)




「げーナニコレ。揚羽蝶の幼虫とかぢゃなくて、害虫なんぢゃねーの!?」

虫に詳しくなんてナイ為コレが青虫君になる前の幼虫とは、
とても考えられませんで…(何か汚っちくてキモチワルイし…)

そして今年。

いつものようにベランダで喫煙中。
何度となくベランダに来ては去り来ては去りする揚羽蝶がいました。

その時は「あ。チョウチョ」と
昨年のコトをスッカリ忘れて見守っていただけでしたが、
その幾日か後に再びあの鉢植えに青虫君が2匹いるコトを家人が発見。

今年もココで蝶になるのだろうか…
楽しみに見守っていたにもかかわらず、
きっと間もなく蛹化する頃まで育った青虫君達。

いつの間にやら行方不明に(°□°;)

必死でベランダ中を探すも(狭いベランダなのですが…)
どこにもみつからず…

誤ってベランダから転落したか…(下まで見に行くも気配無し)
鳥もたまに来訪する為、もしや鳥に攫われたか…

暫く消沈してしまいました。(;_;)

続く

昨年夏…我が家のベランダに幾度となく揚羽蝶が来訪しまして。

その蝶がベランダの名も知らぬ木の鉢植えに卵を産みつけて行ったらしく、
ある時青虫君が2匹さかんに葉を食べているのを見つけました。



(その時撮影したモノ)

まだ若い木だったので、葉はみるみる青虫君達に食べ尽くされ
丸坊主になった頃、別の鉢植えで蛹と化してました。青虫君達。

そしてある時。雨上がりの朝。
まだ羽の開いてない揚羽蝶が水溜まりにハマってもがいてました。

下手に摘んで羽を傷めてはイケないので、紙でそっと掬い鉢植えの土へ。

翌日。元気に美しく羽を広げた揚羽蝶は
何度もベランダを廻りながら飛んで行きました。
(青虫君2匹の為コレが2度ありました。)

…あっと云う間のコトでしたので、写メに収めるコトは出来ませんでしたが
昨年の夏の想い出になりました。

続く

よく、慰め方で
「だいじょぉぶ~。そのうち返って来るって」
って云う人がいますが…

人の為に身を削って動いても、果たして本当に自分に返って来るのか…

近頃、そんな風に思います。

勿論「見返り」を求めてのコトではありませんが、
結局は「して貰ったモン勝ち」なんではナイのかと、
卑屈感満載になってます…。

…ワタシはね、

「怒ってる自分」
「不満を云ってる自分」

コレが一番嫌いなんですね。

ココロに留めて居るなら良いんです。
ソレかもう自分の中で消化しちゃって、
「後日談」として語ってるなら、まだ良いんです…

嫌なのは、
タイムリーに人にぶつけてしまった時。
コレが一番嫌いなんですよ…

何故ならば
怒ってる時の顔は、最高に醜いんです。ワタシ…


たまに、
「キレても可愛い」
「怒る顔も美しい」
ってヒト、いるぢゃナイですか。

そんなヒト見ると本気でウラヤマシクなります。

ソレに比べて何とも
「お見苦しい」ったらナイの。ワタシの場合。

ソレでなくとも「よろしくない」のに、もう本当に最悪の醜態。

…随分以前に、見てしまったのね。
怒り絶頂時の己の姿を。

コレ、トラウマになりまして。

泣くのも嫌ですが、
怒るのはもっと悪いです。(見た目)

…でね。
怒ってしまった後に、またはその最中でも
今まさに醜い己の姿を思い出してしまい、

自己嫌悪に陥るのです。

だから、「怒りの蓋」は頑なに閉じて隙間を開けないようにしてます。

…が、ついウッカリ蓋がズレてて
そんな時に余計な衝撃を与えて蓋を外しやがるヤツが出る。

大噴火の後に撃沈もするから、非常に疲れるのよ…。(寝込む時もある)

もう本当に…
頼むからやめてホシイと思うの。
そもそもが「戯れ言」。「世迷言」。そして今は「(月ノ)囈言」と

何故このようなブログタイトルを付けたのかを
あらためて説明しないといけませんね。

「書いたらヤバそう(マズそう)な暴露話」
(劇場・対人関係・怨み節。その他諸々。笑)を
藤乃と二人で会話形式で書いて行こうと云うのが
当初のこのブログに対する案でした。

よくブログには閲覧者がコメントを入れたり出来るようになっていますが、

「二人でヒソヒソ話をしている」秘密の部屋。

他人が入り込むなぞ以ての外。なワケです。

コレをついウッカリ聞いて(見て)しまった。と云う雰囲気(笑)で
閲覧者には見て戴こうと云う思いと、
(以前挨拶文にも「密談筆戯」と書いたと思います)

…つか、こんなんでコメント欄解放したら「ソッコー荒れる」ね。(爆)

や、正直外部からのご意見ご感想ご要望ご指摘などいらぬお世話。

この理由でコメント欄などは設けないでおります。

ワタシ(達)が「気分」で吐き出す話。
楽しくも、怒りも嘆きもある自由な場所。

ワタシ達の話は所詮
「戯れ言」「世迷言」「囈言」なのです。

その後藤乃との再会、急激に親交深まり。
(笑。月丘慕情内「馴レ初メ」参照ね。)

藤乃がワタシのホムペを新たに作成、管理人をして下さり今に至ります。

この際、藤乃との共同作業にて始めた最初のホムペ「月丘幽廓」。
「日記」と云うトコロで当然の如く不安問題が再発しました。

「ワタシはマメに書かないからね」

「そーですね。前のホムペ見てて解ります(笑)」

確かに「毎日更新」の方が、閲覧者は楽しめるコトでしょう。

しかし、今だから正直に云いますが
「踊り子 月丘雪乃」として生活の全てを送っていたワケでは無く。

舞台降りたら月丘は消え
オフの時は月丘はいない。

ま、でも誰しもそうなのでは? と思いますが。

その上ワタシはそもそもが自分勝手な性質ですから、
「余分なサービス精神」なんてモノを持ち合わせてはおりませんでした。

「今日の月丘」なんてのを、書き記す気なんて無かったのです。

ここ、「囈言」をと話すより以前。
ワタシが所謂ブログ。と云うモノを始めたのは
もうかれこれ何年前になりましょうか。

踊り子をしていた頃、
チラホラとホムペなるモノを作成し始めた踊り子が出て来ましたが
ワタシ的にはこのようなモノを作るのは
「人気のある踊り子」がするモンだと思っておりました。

が、ワタシにも徐々に舞台を楽しみにして下さる方々が見えて来始め、
しかし舞台以外でお客様とのコンタクトを取るのが苦手だったワタシ。

自分を宣伝するコトも不得意なワタシにも
いよいよ次回の出演予定などを訊かれるようになり出し、
しかしやはり個人的な連絡をするのが苦手な為

「ある意味、使えるなコレ」と思い
当時信頼していたお客様に頼んでホムペを作って戴きました。

何だか心配させられる初日だったようですが、
大事にならなかったようで良かったです。

今夜は3日目。あと7日よっ。←励ましになってんのか

さて、そんな「長閑な」劇場にて
その後再来の際ワタシは「オナニーショウ」をベッドで演っていました。

オナニーショウは、段々と始まり徐々にエスカレート。
そして最後は絶頂し果てる。と云うのがパターンです。(笑)

中には「本気」でオナニーし、「本気」でイク。ヒトもいるのかもですが…
(さてホントにいるかは不明)

大概は「演技」ですよね。(と思う。)

こんな無様なショウを「勉強」と称して目の当たりにしてしまい、
食中りな気分に陥ってしまったワタシ。

出来ないモノを、無理にやるよりも
出来るコトを極めて行った方がイイな。

…そりゃあモチロン。「努力」は大事です。

ただ、故障したカラダで踊り子になったワタシには
コレ以上カラダを壊すワケには行かず、
「ポーズベッドを極める踊り子」の道から外れて行くコトに致しました。

…んで。

「なんちゃってポーズベッド」で場を凌いでいたこの頃。
いよいよネタも尽き自分でも飽き飽きしていました。

仕方ない…
こーなりゃ近頃若い踊り子があまりしない「オナニー」行きますか。

そして始めた「オナニーショウ」。
とある日の劇場でのコトでした。

ここ2、3日の急な涼しさに体調を崩し、
やっと雨も上がり空が眩しくなった今、
半ばボーっとしながら過ごしています。
(って、作文中にわか雨。)

ダラダラとしながら
TVに映る「天才バカボン」を何となく見ていました。

バカボンのパパとお巡りさんが喧嘩してる一幕。

バカボンのパパ:
泥棒の始まりの嘘つきなのだー!!

お巡りさん:
キー云ったのね云ったのね云ったのねーっ

ん!?(゜゜)

お巡りさんのセリフに、フと「遠い記憶」を思い出しました。

>それと並行して、姐さんの「告白文&馴レ初メを読んで」
>の、コメントも書いてるんですが


そんなのは「追々」でイイんです「追々」でっ。

寝・て・な・さ・いっっ(`曲´)

>姐さん、覚えてるかなぁ。
>・・・ルカのコト、書いてるんです。


ん。憶えてますよ。
ワタシ的には「演歌歌手みたいな」見た目のコでしたね。

ワタシがそのコと会ったのは、
確か藤乃が「そのコ付き」で一緒だった時だったかな…

諸々の事情があって、気付いたらまるで愛情が無くなったかのように

放置してしまってました。
(藤乃は事情把握してる

さて今夜は何故こんな時間まで起きてるかと云うと…
明日(もう今日)お休みなんでした

つか、ホントは普段通り寝に入ったんですよ。
ケイタイで世迷言書き込み遡ってましてね…
そのまま、ウトウトと。

したら。

ケイタイ握った手の平と、鼻と頬。

蚊に刺されましてね。(怒)目覚めました。


…ご無沙汰しておりました?…

で。突然ですが、何のコトだと思います?


答:アンダーヘアの処理。(笑)


…引退から1ヶ月半が経ちました。



踊り子時代はチャリを持たず
もっぱらタクシーな無駄生活を送っていましたが、
当時の棲み家から離れた今は、もっぱらチャリ生活。

フロア仕事も、最寄り駅まではチャリ必至な生活をしてました。
(雨でもチャリで行こうとする自堕落)

「踊り子さんって、カラダに色々気遣ってるんでしょ? 」

以前フロア仕事で店のホステスさんに訊かれました。

「例えばチャリ乗らない。とか…」と訊かれた時、
「へ?そうなのかぁ?」と思ってました。

でも…思えば「そうなのか!」と云うコト、ありました。
意味は違えど。ですがね。(笑)

以前はそんなコト全く起きなかった
「下処理」をした場所の炎症です。

コレ…チャリが原因なのかも…

ワタシは肌がとても弱く(特に顔)
コンディションが悪かったり合わないモノを喰ったり、
合わない化粧品を使ったりすると途端に顔がブツブツになりました。

劇場休止して、その後復活した時ソレが特に酷くなり
ソレもあって「ピル服用」を始めました。

したら、見事顔にブツブツが出なくなり
せっかく肌ストレスがなくなったのに劇場引退。(笑)

もっとフォローの利かないフロアでの仕事は(客に近寄りますんでね)、無事ストレスがなかったのは幸いでした。

…トコロが。

どうやら悪いモノが「下に下がった」のか…

脚の付け根の、パンツのゴムがあたる辺り
ボーボーに毛生やしてたらちょうどはみ出してしまう辺り。
いわゆる「ビキニライン」って場所ですが…

フロア仕事では特に見えない(見せない)ので必要ないかもな場所も
「万一」ってコトもあるしで(笑)
ワタシ的には許せず、シッカリ処理を続けてました。

…はい、ワタシはとても毛深いのです

この辺りに、酷い炎症を起こすようになってしまいました。

コレがまぢ痛い

パンツのゴムは勿論、ジーンズなんてとてもぢゃなく
ましてチャリに乗って振動が強ければ飛び上がる程痛い。

ジーンズをやめてレギンス(スパッツ)に替えたのは、
コレも原因の一つでした。
(ただし緩ストレッチのウエストゴムは肥る原因でもあり…

フロア仕事では見えないので幸いでしたが、
コレがあまりに頻繁に起きる為たまらず婦人科に相談しました。
(特に生理前に発症します…顔が荒れるのと同じように。)

ピルを飲み始めてからでもあるのでピルも原因なのかと考えましたが、
モチロンそんなコトはないワケで。
(ピル服用して顔の肌トラブルが治ったんですしね)

先生も云ってましたが
「毛剃りしてチャリに乗るのが原因では。」と。

「毛剃りを止めるか、永久脱毛するか。が良いと思いますけどね…」

チャリはやめれないですからねぇ…

永久脱毛ねぇ…

とは云っても、もう人前に晒す必要が無くなった今、永久脱毛ってどーよ。
永久脱毛って結構痛いって聞くし…。

で、剃るの止めてみました。

そして毛は伸びるので、
ワタシは伸びた毛はインセンススティック(お香と云え)で焼いてました。

踊り子時代は楽屋生活でハサミでカットしてマメに処理出来ましたが、
その後はマメに処理する時間が取れない為
ハサミでカットだと、伸びた時に痛いのです。

焼くと毛の先端は尖らないので、伸びた時の不快感は軽減されます。
なので、気に入った香りのお香を使って毛を「焼いて」短く処理します。

せっかくなので(ナニがだ)コレも止めてみました。

フロア引退後から1ヶ月半。
「超自然体の下半身」が出来上がりましたが、

剃るの止めた部分は良いとしても
短くするのを止めて伸びた部分が大量になり…

大事な部分を刺激するようになりました。(悪い意味で)

元々毛深い上、ソレが増えて伸びてるワケですから
もう、おパンツの中は密集地帯。

どうにもこうにも落ち着かない状態になった上
大事な部分を大量の毛が襲う為、遂には痛みまで起きるようになりました。

何かが出来たり、炎症を起こしたのではなく…

纏まった毛束があたって、痛いワケ。(サイテー)

もう、具合悪いったらナイ。(具なだけに。閉口)

…で、結局1ヶ月半でリタイア。
耐えられず再びお香で短く処理してしまいました。

永久脱毛はしないけれど、
下処理は永久になりそうです…

今はスッキリ爽快
やっぱり「洗浄」と「下処理」だけは、今後も止められないようです。
(赤ちゃんのおしりふき必至だし。)
…いや?やっとコレ書けます?
(もう風化しつつあるね

先日「鯨のコロ」について話題が上がり、
藤乃が載せてくれた「くじら豆辞典」とか云うURLを開けてみました。

ふーん…やっぱり「食が貧しい」ワタシは初見でした。



藤乃は「鱧(ハモ)みたい」と書いてましたが
確かにそう見えましたね。

で、鱧で思い出したんですが
ワタシはコレが大の苦手なんでありました。

好き嫌いはそんなに無い方なんですが、
実は「骨が邪魔するモノ」が苦手なんです…

そして、魚の内臓がダメでありまして。
ちょっとでも内臓部分を口にすると、
途端に恐ろしいアレルギー反応を起こしてしまうんです。

その恐怖心がカラダに染み付き、魚が些か恐怖になり
口の中に小骨等の些細な異物を確認してしまうと
途端に青ざめ、食欲を無くします。

だから、魚は余程でナイ限りは切り身でしか買わず。なんでした。

…たまに頭も骨もシッカリ付いた魚を食すコトもありますが、
魚の食べ方がとても悪く、他人様には見せれないです
(ちなみに、骨付きチキン等も喰い方最悪です

で、鱧ですが。

この魚を初体験したのも、やはり劇場時代。
京都でのコトでした。

お客様に「旨いモノご馳走してやる」と誘われ、ちょっとした小料理屋へ。

そこで「鱧尽くし」を出されました。
初めてなので、ものすごいワクワクでした。

でもきっと、店が良くなかったのでは…?と今は思います。多分。

藤乃も云っていた、酢味噌をつけて食べるアレ。モチロン出ました。

すごく美味しそうに見え、何の疑いも無く口に運びました。

が…どこを噛んでも小骨だらけな食感に一瞬で青ざめ、
大変申し訳ナイのですが吐き気を催す程でした…

しかしさすがに失礼ですので、
頑張って平素を装い必死で飲み込みましたが、
「もう二度と御免」と思いました。

その後ナニを食べたかはモチロン、
鱧の味なんてサッパリ記憶してません。
(ショックで抹消しました)

骨は苦手です。

「軟骨」とか「骨せんべい」とかありますが、
あんなモン、喰わなくたってイイと思います。

…で、話ズレますが

おでんの具の中に入る
牛すじではなく「すじ」ってヤツ。
(魚のすり身で骨も混じってるヤツ)

アレなんて最高大嫌いです。

「つみれ」なんてダシ取りでしか考えてません。

口の中で「ゴリッ」「ガリッ」なんて音だしたら、
もうその時点で死ぬ位アウトです。

…あ。そう云えば藤乃。
ワタシ作のおでんを「家密会の時にでも」と云ってましたが、

関東色の強めなワタシのおでん、旨いと思うんだろうか…?

ちょっと心配です。
<血迷い言>より。

…コレ書きたかったのに鼻水で脱線しました。


「コロ」ってナニヤツですかぃ?

「鯨」とはありましたが、コロってのは知らないですよぉ。

確かに今や鯨は捕鯨規制(禁止など)で高級化してますが
ワタシ等がガキの頃は、手頃な食材だったですね。


母が居らずに祖母しか居なかった幼少の頃は
(今居る母は、育ての親です)
食卓によく「鯨ベーコン」が置かれました。

「しぐれ煮」や「竜田揚げ」はあまり好きではなかったですが、
この鯨ベーコンは大好物でして

醤油つけて、あったか?いご飯と食べるのが大好きでしたよ♪

しかし今ぢゃこの鯨ベーコンも、
たった数枚で何百円とかしやがり、たまに見かけると腹立たしいです。

「コロ」も幻になってしまうのでしょうかねぇ…


そして「ちくわぶ」。

やはりコレは、関東ならではの食材なんですかねぇ?

ワタシの中では、おでんに「ちくわぶ」は絶対かかせませんよ。
多分おでんの具の中で、ちくわぶが一番好きかもです。

なのに、ちくわぶに不平不満があるヒトっての
結構いるんですよねぇ…

「竹輪ぢゃない」
「ハッキリしない」
「ぶにゃぶにゃしてる」…等。

散々な云われ方です。

そんな話をとあるヒトとしてた矢先に、
TVでこんな話をしてました。

東京の、古くからある評判の良いおでん屋のご主人が
「最初に大根とちくわぶを頼む客は通。」と。

アタシャちょっと偉くなった気になりましたよ。(馬鹿)


…トコロでワタシ、おでんは自分で作ったのが一番好きですが
コレはなかなか評判良いですよ。

機会があれば是非ご賞味戴きたいですが、
お口に合うかどうか…


(書いてるウチに日付変わり、一昨日になっちゃった)

我が家はシッカリ行いましたよ?。 豆撒き。

しかしもう今、「歳の数だけ豆喰う」ってのは拷問ですね。
「罰ゲーム」の如しです。

翌日腹壊しそうで(ピー)、半分で止めました。

歳の数だけ豆喰うのが嬉しいのって、10歳位までぢゃねーか。

そう思いましたね。

…そんなボヤキを云うのも、歳寄りな証拠か。ヤレヤレ。



そ。「恵方巻」も買いましたよ。

コレもまたしかしながら
関東ではそんな風習、ありませんでしたからね。

ワタシ的には、「おでん」の具の中に
「牛すじ」が入ってるのを見たのと同じ頃、コレを知りましたよ。

おでんの牛すじを見たのは…
もうかれこれ15年は軽く前になるんですかね。(あーやだやだ)

京都の劇場に乗ってた時のコトでした。

深夜に腹が減るのと、
「怪談話」の絶えないこの劇場での
独り個室泊まりが本当に薄気味悪くてですね。

日が浅い劇場泊まり生活。
ましてや当時の劇場は出演者の人数も多く、そして初対面の方々ばかり。

なのに個室に入れられ、益々孤独感深まり深夜徘徊の毎日でした。

結局、劇場から散歩がてら歩いたトコロにあるコンビニに立ち寄り
買い物して戻って来る位なんですがね。
(京都のシンとした深夜の住宅地を歩くのも、結構薄気味悪い)

そのコンビニで、初めて見たんですよ。

「牛すじ」

すごい衝撃的でした。
でも結構普通に買い戻り、何の抵抗も無く喰ったら

「旨♪」

ハマりまして…

連日のように深夜「牛すじ目的」で劇場抜け出してました。
(別に外禁なんかナイし)

その後…少しして
東京のコンビニのおでんにも牛すじが仲間入りしましてね。

関西行かなきゃ喰えないと思ってたんで、私的に大盛り上がりでしたよ。

今ぢゃこっち(東京)でも「当たり前」ですもんね。牛すじ入りおでん。

…で。「恵方巻き」ですが、
コレも初めての出会いは関西。
神戸の劇場に乗ってる時でした。

牛すじ体験の、2年後位でしたかね…
節分の朝シャワーから戻って来ると
化粧前に「太巻き」が1本パック入りで置いてある。

「なんだこりゃ。」

ココは小さな劇場なので、大部屋に出演者が詰め込まれ
家庭的なお姐さんが必ず乗るので、楽屋はとても家庭的。

見ると、他の踊り子さんの化粧前にも「太巻き」がある。

誰か踊り子さんが買い物ついでに買って来てくれたのか
(結構こんなコトも多かった)
ソレとも誰かのお客さんが早々来て、
皆に「差し入れ」を下さったのかと思い

「このフトマキ、誰からですか?」と皆に訊くと

「違う違う。劇場からよ。」
「知らないの?『エホウマキ』。」

…へぃ? エホウ?

「フトマキ」ぢゃナイんですかぃ?

お姐さんから、「節分の日に食べる」話を聞き
そしてパックを開けると「切り込み」が入っていない!!

「なんスかコレ!? 切れてナイ!!(ヒゲ剃りではない)」

お姐さん達、呆れて爆笑してました。

「今年の良い方角を向いて、黙って1本丸ごと食べるのよ。」

そしたら、願い事が叶うとか縁起が良いとか。と
お姐さんが教えてくれました。

その年の「恵方」は楽屋の押し入れ。
泊まり込みの皆の布団がギュウギュウに入った、襖もナイ押し入れ。

「恵方巻きを上向きにして、食べるのよ♪」

せんべい布団のギュウギュウに詰まった、
なんともレトロな押し入れを凝視しながら

云われた通り黙々とフトマキをかじりました。

…が。

ソレまでフトマキをあまり好きでは無かったワタシ。

「あ。旨♪」

突然、ハマりまして…

その後しばらくフトマキが私的に流行りました。

そしてその後しばらくはまだ
「恵方巻き」は東京には浸透しなかったのですが、
「寿司屋の差し金」なんでしょうかねぇ…。
近年、東京でも節分にフトマキを「恵方巻き」として売り出しました。

今年も我が家の近所の寿司屋や和菓子屋では
「恵方巻き」と貼り紙して普段より多く並べてました。

勿論、喰いましたよ。

でも1本丸ごと「黙って」喰えず、
一口で喋っちゃうんですけどね…(笑)

だから今でも「願い事」は「願い事」なまま…

ソレでも毎年、あの頃の「笑い」を思い出しながら
楽しく恵方巻きをかじれるのが「幸せ」なんだろうかなぁ。などと思ったり…。


歳寄りの長話。失礼致しました。
ごめん下さいまし。(テケテンテン…♪)
かの天才漫画家、赤塚不二夫先生が昇天致しました。

「アニマックス」と云う
一日中アニメを流しているキケンなチャンネルにて(笑)
「天才バカボン」を楽しみに観ておりました。

病床に伏せていらした時間もかなり長くいたと云うコトで
またしても春に昇天した親父を思い出し
(我が親父は約1年3ヶ月程、植物化しておりました)
さぞかし辛かったろうと思われます…

享年72歳。
これまた我が親父とほぼ同じ歳でございます。

長寿大国日本、と謂われますが
近頃「まだまだこれから」の70代と云う若さでお亡くなりになる方、
何だか多いですね。


…赤塚マンガは
ゼッタイのぜったいの絶対に不滅ですのココロ。←ごちゃ混ぜである

ご冥福をお祈り致します…
昨日は前日の仕事疲れと暑さで、撃沈していましたら…

突然電話が鳴り、
それは先日仕事に行ったいつもの店の従業員さんからでした。

この店は先日乗ったし…
あ。今日は藤乃が乗るので何かあって電話来たのかな?
(コレは些か変ですけど)

18時頃だったのと、寝ぼけていたので
そんなコトを考えながら電話に出ましたら…

ココのお客さんで、よく観に来て下さる方がいたのですが
その方が、亡くなったそうで…

でも、それはもう2ヶ月位前で
その際店はボーイさんやホステスさん達が
上客だったこの方の葬儀に参列したんだそうです。

先日乗った際に
「月ちゃんに教えようかと思ったんだけど…」と。

しかし、ショーに影響が出たらいけないと気遣ってくれたらしく
従業員さんもホステスさんも云わないでいてくれたんだそうです…

ワタシが乗った後日、
この方のご子息が来店したそうで、
ワタシにもお礼のメッセージを残してくれたらしく、
それで連絡をくれたようです。

…このお客さんってね。
ワタシの亡き親父にちょっと似た雰囲気があったんですよ…(苦笑)

突然ヌードショー禁止になり、
解禁し久々この店に行った際にこの方、来てくれましてね…

親父が死んだ後だったんで、色んな意味で感慨深かったんですが…

その後すぐ…突然だったそうです…

もし先日行った際直にその話を聞いていたら、
ワタシは正直仕事にならなかったかもでした。

春に親父が死ぬ2時間程前。
妙な話ですがワタシは親父と会話をしています。
(寝る前に。親父の姿は見ていませんが)

「色々大変だろうけど、頑張れよ。」

最後にこのお客さんと会った時、
この方もワタシに全く同じコトを云いました。


先程、昨夜この店で仕事だった藤乃と
メールにてこの話をしていましたが
(藤乃は店で聞き、電話で伝えた「月ちゃんが泣いてた」んで慰めるよう
従業員さんに云われたそうです…←泣いてナイッス。苦笑)

ホント、長く同じ環境にいると
このような話が増えて来るのは何とも云えない気持ちになりますね…

そして、
自分の年齢に重さを感じたり…

老いを感じたり…←ぅおい?

…。

O様。

本当にありがとうございました。

ワタシは貴方に会うと、
いつも何だか「吹っ切れる」ような楽な気持ちになれました。

お忙しい日々を送られていたようですから、
どうぞゆっくりとおやすみ下さいまし。

ご冥福をお祈り致します。
イイなー♪

アタシャ劇場仕事時代、旅先で良く行ってましたよー。

焼肉屋やホルモン焼屋。

ソレも独りで。(暗)

大阪の劇場に行くと、必ず行ってました。
んで、「生肝」喰って中り、舞台穴空けて病院に担ぎ込まれ…

旅先の劇場の楽屋で、皆が舞台踏んでる最中に
せんべい布団でもんどりうってました。

…なのに。



その3日後、懲りずに生肝喰ってました。

そう云えば、「生レバー」のコトを「生肝」と云うの
大阪行って初めて知りましたよ。

あの「旨かった」のが懐かしいなぁ…

今の生活になってからは、すっかり環境が変わってしまい
そう云えば全然行ってナイなー。 焼肉屋…


で。

「ボジョレー」ですね。

酒ダメな藤乃に、そんな話しても

「酒ダメだから興味ナイー」

と、返って来るかと思ったんですがね…

>「イイなー」 ですか。(ほぉ)

アタシャ、錆のようなドロドロの激重ワインが好きなので
あんまり興味ナイんですよ。ボジョレーってジッサイ。

しかし、「試飲会」でしたからね。

今年は原油価格高騰の煽りを受け、ワインも高値なんだそうで…

ボトル1本5000円位、グラスで1杯1000円前後で呑み屋では出すらしく
(高い店ならもっとらしい)

そりゃ、「ちょっと舐め」なんて勿体無い。

シッカリ「呑み会」に勝手に変更。
あっと云う間にボトルは空っぽ。

空腹の喉乾き捲りでイっちゃった為
帰り、酔っ払いました。(笑)


…去年も飲みましたがね。
今年はまた、飲み易いカンジがしましたよー。
ワタクシ的には、好きな軽やかさでした。
(つか、ワタクシ的には水の如しですがね)

藤乃は、イイんぢゃナイでしょうかね。おススメします。

んで、
1杯でぶっ倒れて、せっかくのお食事台無し。(爆)

ソレぢゃおススメ出来ませんがね。スミマセン…。
…妙な書き込みを、失礼致しました。


先週、体調をスコブル悪くし
未だ引きずっています。

昼夜が混同し、いつ寝たら良いか
いつ起きたら良いか、体すら判らなくなってしまい
その為眠りは浅く、睡った感覚が全く無い。

食欲はあっても、食すれば体は拒絶し
酷い胃痙攣の後には、必ず来る酷い偏頭痛。40℃近い発熱。

そうかと思えば、突然の平常。


…そんな中、昨日朝方に見た夢です。

ワタクシは夢見が強く、かなりな夢を見ますが
(デシャブなんて日常茶飯事)
余りの気持ちの悪さに、暫く真っ白になりました。

あんまりな悪い夢だったので
皆様に読んで戴きたく、書き留めました。
(嫌な夢はヒトに話した方が良いと云いますので。ほほほ)


心身共に、過労な様子。


あ。ちなみに云っておきますが
性的欲求不満ではございませんので、間違いないよう。
(何でもコレに結びつける夢判断好きが多いのには辟易します。)


そして、付け加えておきますが
夢に出て来た踊り子達は皆、既に現役では無い人達でございます。
(ソレは記憶しています)


今夜はちゃんと眠れそうです。(多分)


…おやすみなさい。
子供の頃からの「憧れ」

山口小夜子様が昨日他界されました…

うーかなりショックです。ワタクシ。

しかし、確かに歴は長いにしても
いつも、その時々で「洗練」されていた方…

そう云えば…と考えてたら
ニュースで云ってました。

「享年57歳でした…」

ぅぉー L(゜□゜L)

一番最後に彼女を「シッカリ」と見たのは
「ピストルオペラ」と云う映画でした。

…あれ、いつだっけ?

本棚漁ってパンフレットを見ると
2001年と記載されてました。

…つーコトはぁ

既にあの時で「50代」だったワケですね。

…スゴイ!


んー。
アタシも維持出来るなら維持していたいなぁ…

あんまり長生き、したく無いんだけどね…


最期まで、「美」のままで。
(彼女は独り静かに…、ってのが哀しいですが)


あー「理想」ですね。(アタシャ無理ですよ)


ご冥福を祈り、黙祷?。
b280275f.jpg

…したらしいぢゃナイっスか。


なんだこの「お天気♪」は!!




昨夜、アタシは雨の中バイトでしてね。
「雨だしヒマだろう」と甘くみてましたら、予想外に忙しく。

その上幸運にもずっと雨の日にあたるコト無くいたので
昨日はホント久しぶりに、自宅がある駅までの距離を徒歩でした。

アタシは雨の日はムチウチ後遺症が出るんで
それでなくとも体調不良なのに
この、「行き帰り徒歩」でヤラレましてね…
(日常はチャリ暴走族)

昨夜バイト帰宅後、死ぬ思いでした。
(ジッサイ風呂で一瞬死亡)

翌日の天気予報も思わしく無い様子。
(お天気予報サイトの登録をしてます)

翌日(今日ですね)もバイトでやんす。

憂鬱なまま就寝し、本日昼前に目覚めカーテンを開けると
(遮光カーテンの為、外の様子は全く判らないです)

ゴキゲンな快晴。
まるで「夏」のよう。

…だぁぁぁぁ?(撃沈)

こんな日はサクサク遊びに出掛けたいのに、夜バイト。
ましてやこんなお天気ぢゃ、
今夜のバイトもゴキゲンに大忙しなコトでしょう…

くそー。

身内を病気とか殺すとかして、休もうかなーーーっ!(こらこら)

…で、思い出しましたが

過去同居していた男の子。
この子は職人で、親方さんと二人で現場廻りをしてたんですが
この親方さんてのが面白い方らしく

よく、ズル休みをするんだそうでした。

職人の仕事は、朝が早く
とある日の朝6時前に、親方さんから電話が来たそうです。
(同居してましたが、アタシャそんな時間には起きません)

「またズル休みかな」と彼が思う通り、
親方さんは「今日は仕事休もう」と。

その「云い訳」。

「いやー、大変なんだ…」と、消沈したような親方さん。


「死んだ親父が『危篤』なんだよぅー」


優しい彼は、黙って承知したそうです。

嘘はよーく考えてから、つくべきですな。(爆)

ちゃんちゃん♪ ←懐