まずは…わざわざ観に来て下さった方々。
ありがとうございました。m(_ _)m

花を手向けて下さった方々。
ありがとうございました。m(_ _)m



(想定より待ちがあった為暇潰しにノリノリで撮影)

明けて本日。

一年振りに月丘帰還致します。

…一年振り。とは云え…
今回は「月丘色」高い上がりになりましたので(笑)、
正確には「ス劇場昇天以来」と云えましょう。

お好きな方、お好みに合わない方、それぞれでしょうが

コレが月丘
ご理解戴ければ。と思っております。

それでは皆様。

「浅草東洋館」でお会い致しましょう。m(_ _)m

「三島由紀夫没後40年記念講演・公演」

11月25日(木)18時?開場。
開始は18時30分?。

入場料は3500円(前売3000円)だそうです。

場所は浅草演芸ホール4階。浅草東洋館。





ご興味を持たれましたら是非どうぞ。m(_ _)m


…って、もう間際ですけどね。(笑)

…と、

ワタシがコレまで辿った経緯をダラダラ(笑)と綴らせて戴きました。

負けずに読んで下さった方々。ありがとうございます。m(_ _)m

そしていよいよ、
「難産」の末産み出した久々の月丘の舞台。
間もなく公演です。

お題は
「三島由紀夫没後40年記念講演・公演」

…この相談を、どう切り出すのが最良か。

色々考えても上手い切り出しが見つからず、
「素直な気持ち」を告げるしかないと、会長にお話を聞いて戴きました。

松倉会長は、もう半世紀は確実に
浅草の、この「浅草東洋館」「浅草演劇ホール」を切り盛りしている方です。

明るく豪快で、良い意味での「チャキチャキの江戸っ子」。

慕う方も数多く、今もってお元気で演芸場を切り盛りしています。

正直「苦手」な三島を探求し、
色々と調べて行くウチに彼を自分なりに解釈して行けるようになったら…
(ソレまでは三島作品。3行読めば寝てしまう程苦手でした。苦笑)

ハマってしまいまして。(笑)

依頼を請けてからコレまで、全てとは正直云えませんが
ある程度の作品や研究書等を読み漁りました。
(一時精神的破綻の危険性が出て停止。急に詰め込み拒絶反応か。笑)

やはり…
「そのモノ」を知る上でイメージも強く湧くモノなので…とは云うモノの、
苦手で敬遠してた分、急な詰め込みは危険でしたが…(苦笑)

ワタシなりの「吸収」「消化」で決められた作品の舞台を完成させまして。

…さて、今回のテーマは「三島由紀夫」。だそうで。

市ヶ谷駐屯地を占拠し、声明文を提示し自衛官達に「檄」を飛ばし、
その直後教育総監室で彼率いる「盾の会」の一員と共に
割腹自決を遂げた、衝撃的な最期から…

今年は40年。なのだそうです。

…しかし、何でしょうね。

やっぱり「自分勝手」な性格は改まるコトなく。(苦笑)

何もしないで家に籠もっているコトが、
既に一ト月もしないウチに「つまらなく」なって来ました…

「何をするのが今の自分にとって最良か」

決まったコトしかするコトが無い日常。
精神的にヒマになり、そんなコトばかり考えておりました。

ソコに「一つの新たな希望」が上手いコト見出され、
新たに希望が湧き始動開始を決意し、動き始めた時に…

再び公演依頼の連絡が入りました。

一年前のこの公演依頼を請けた際、ワタシはもうその年の春先に
「もう踊りの仕事はお終いにしよう」と
ポツポツ続けていたフロアショーの仕事を辞めておりました。

春から普通?に昼間働く「カタギの仕事(笑)」を見つけ、
珍しく真面目に勤めてはみましたが
不運にも職場で「パワハラ」に遭い悩んでおりました。
(苦笑。でも続けるつもりでいた)

そんな時にこの依頼を請け、
パワハラで悩む気晴らしに…と請けたのも確かでしたが、
夏を過ぎた頃にはソレどころかその職場自体に不信感が募り出し…

そんな時に藤乃から、所謂「ホステスさん」のバイトの話を聞きました。

公演までに3ヶ月の猶予がありまして、
その間幾度か企画者の方に会い打ち合わせ。

ストリップと云うモノをあまりよく知らない方なので、
ワタシの「仕事」を説明するのが大変でした。

出された「墨東綺譚」の小説になぞらえたシナリオを見せられ、
コレを女講談師の方の「読み」で入れた舞台を構成して欲しい。と。

衣裳から選曲、構成から振付、舞台セット類…
全てのプランを自分で立て提示し、(そりゃ劇場時代より当然の仕事)
そしていよいよ本番でした。

撮影の仕事から翌年。
ほぼ1年が経過した夏の始め。

またしても芸能社さんから連絡が。

「松倉会長が月ちゃんにまた来て貰いたいって。
 月ちゃん指名で仕事来てるけど行けるかい?」


訊けば撮影の時と同じような内容でまたやって欲しいと云うので、
なら「分かってる」仕事だから良いや。と請けました。(また軽率。苦笑)

「直接詳しいコトは、会長から月ちゃん直接訊いてくれる?」

芸能社さんに連絡先を聞き松倉会長に電話をし、
仕事の前に打ち合わせを。と云うコトでしたので日取りを決め、
一年振りに東洋館へ出掛けました。

撮影開始。

段取り通り曲が鳴り、照明が照らされると

客席にはこの放映に出られる脚本家の先生。お付きの方々。スタッフ。
そして松倉会長もご覧になっておりました。

豪快な掛け声と、慣れた大きな拍手をまず先に
上げて下さったのは会長でした。

支度の際には
「どーせちゃっちゃと終わるんだし、舞台袖で構わない」
と思っていたワタシでありましたが、
懐かしい楽屋を空けて通して下さった上、
化粧前には生花と寿司折が置いてありました。

仕事当日。

旧フランス座の裏手、少し行った角に
今は「つくばエクスプレス」が開通し新たな「浅草駅」が出来てます。

コレが当時もあったら、駅からすぐ劇場到着で楽だったろうなぁ…と
いつも決められた「入り」の時間ギリギリに飛び込んでたワタシは
そんな風に思いながら、すぐ見える東洋館を眺めていました。

入口横にある、ガラス張りの宣伝窓。
以前はココに踊り子の写真が貼られ、
色々なクサイ(笑)宣伝文句なんかが一緒に貼られてました。

今は芸人さん達の写真がソコには多く貼られていました。

そしてワタシも劇場を去り…
暢気にフロアショーの踊り子として過ごしてましたら、

ある日フロアショーの仕事を回してくれる「芸能社」さんから、
いつものように仕事依頼の連絡が入りました。

「月ちゃんにしか出来ない。と思う仕事なんだけどさ…」

「…でもね。コレがTVの仕事だって云うの。
 月ちゃん、TVダメって云ってたでしょ。」


勿論お断り。とは云いつつも話を訊いてみると、

フロアショーではなく浅草フランス座があったあの舞台で、
「昔のストリップみたいなショー」を5分10分やって欲しいと云う内容でした。

過去ブログでもお話ししましたが、
ワタシは踊り子時代は「小屋専属」ではなくコースだけを回してくれる
「事務所に所属」。

コレは小屋専属になれば、ワタシのようなモノは「長続きしない」
(極度に密な集団行動苦手)
ソレを自身で判っていた為に、小屋専属の話をお断りました。

ストリップの世界に憧れ、志願して入ったのは良いが「世間知らず」だった為、
当時街中に溢れていた「スカウト」にわざと捕まり
何とかこの世界に入りました。

浅草にある老舗演芸場です。

いわゆる「六区」と呼ばれる浅草の一区画。
かつてココは東京随一の歓楽街と呼ばれたトコロ。

浅草寺から境内周辺、仲見世から六区までのエリアは
沢山の商店が並び、映画、芝居、落語に演芸…
レビューにストリップに大道芸に見世物…

人に溢れ、華やかなトコロでした。

…確かに今も、その面影は沢山ありますが
六区の興行は、段々と減って行き…

今はどちらかと云うと観光地。(場外も出来てそんな雰囲気にも)
賑わいも勿論ありますが、「芸」に関する物事は継続して残る数館のみ。

そんな中でも、長い年月同じ場所で「芸」を上演し続けているトコロが
この「浅草演劇ホール」「浅草東洋館」です。

問題が解決したワケでも何でもナイのですが、
気分の良くない書き込みを一番上にしっ放しなのはよろしくない…

で、間もなく本番!!になった久々の舞台について
今までの経緯から綴ってみました。

…ら、またしても長?い書き込み連になりました。(全13頁←不吉だ。1頁追加しよ。笑)

今夜上げます…

お付き合い戴ける方は、どうぞ。m(_ _)m

↓の悩み相談の続きです。

その後加害者は反省する事なく、
反撃をして来るようになったら如何致しましょうか。

「冗談が通じない」
「急に態度を変えた」

「自分のモノに執着する浅ましさ。貧しい心」


このようなコトを風潮されましたら、如何でしょうか?

つか…

「ヒトのモノを欲しがり強請る図々しさ」

「ヒトのモノを奪って自分の『得点』を上げようとする浅ましさ」


とは、考えられないのでしょうかね…

ワタシはただ、自慢するワケでも無く(そんな気は毛頭無い)
「自分が大事にしているモノ」を
そんな安っぽい野心の為に奪われたくないだけなのであります。

そんなヒトに大事なモノを預けたって、
そんなヒトは絶対「大事」になんてしてくれない。

信じて色々とお付き合いをしていたのに、本当に裏切られましたね。

話をすり替えるどころか、攻撃に出るとは…

「人間の怖さ」と云うのをあらためて知りました。

つか、「冗談が通じない」と云うならば
自分が云ったコトを認めてるワケで、

ならば「云ってない」等とはのたまわずに

「冗談のつもりだったのですが、気を悪くしたなら謝ります。」

「ごめんなさい」


と、云うべきではないのでしょうかね?

ワタシよりも人生を長く生きて来た筈の人間にしてはあるまじき、
実に恥ずかしいお戯れ。ご乱心。


誠に残念極まりない。

…もしもこのようなコトが起きた場合、
皆様はどのようにお考えになりますか?
(Yahoo!知恵袋にでも投稿したい気分。笑)


例えば自分がとても大事に思ってるモノを「良いなー」と思う人がいます。

「簡単に」より、何とか「努力して」やっと手に入れた
強く思い入れのあるモノを。です。

そしてソレを面と向かって、直接に
「良いモノ持ってるよねー。ソレを私にちょうだい♪」と何度も云われます。

そりゃ、自分の持ってるモノを良く思われるのは嬉しいし、気分良いですよね。

一度ならば冗談とも取れ、笑って流すコトも出来ましょう。
トコロがソレを幾度と会う度に云われたら…

ましてやコレ、
例えば「親しい友人」とかでしたら、かわすコトは出来ましょう。
しかし…そうではなく、職場の先輩、上司のような、
どちらかと云えば立場上強く出れないような人に云われたら…

嫌な気分になってしまうのは、間違いでしょうか。

そして「良いなー」が遂には本質的になり、
「他の人にコレは私の♪って云っちゃったんだよ?」
「だからせめてその人達の前だけでも、私のモノだってコトにしてよ?。頼むよ?。」


とまで云われ出したら、
ソレをやめてくれるよう、その人に伝えるのは間違いなのでしょうか。

悶々としてましてね。(笑)
色んなサイトに波乗りしてました。(エロサイトとかは行ってない。笑)

そして皆が起き出す頃、<血迷言>を開けまして…。

勿論、姐さんのサイト&ブログもやらせてもらってまして。

ココ「囈言」のコトですね。

劇場時代終盤より藤乃のサイトに「寄生」させて戴き、
新たな月丘サイトを開けました。

藤乃はサイト管理、作業代行を今以て務めて戴き、
大変お世話になっております。感謝。m(_ _)m

「自分が一生懸命考えて作って上手く出来上がったモノを置いといたら、
誰かがその自分が作ったモノを指差して
『コレボクが作ったんだよ!!』って云ったらどーする?」

我が子はじーっとワタシを見つめながら

「スッゴい嫌な気持ちになる…」

…そりゃそーだ。


こんな子供だってそう思うコトを、
平気で云って来る「大人」がいます。


「でも…ボクなら…」と我が子。

「自分が作ったコトをみんなにちゃんと云って、解って貰うよ。」

そーだよね…。

我が子も云ってましたが、ホント「ズルイ」ですよ。そんなのって。

つーか、「汚い」。

依頼を受けたのが8月。
「まだ全然先だし…」なーんていつもの如し暢気に過ごしてたら…

気が付けばもう一週間前になりました。
(どれだけ暢気なんだか。笑)

ま、そうは云っても以前のように「暢気なまま」で良いワケにも行かず、
とりあえずは完成させて後は本番に挑むのみ。
(この辺は珍しく自分を褒めたい気分。)

何年か前…確か劇場時代の終盤でしたかね。

元々肌質が弱い為、衣裳等で傷付け悪くしたのでしょう。
肩に火山を抱えてしまいましてね。

先進医療のご時世で、野戦病院の如し荒療治で治療され、
お陰で後年再発。今度はちゃんとした治療で治まったと思ってましたが…

近頃またしても活動開始した模様。
ココ数日、寒気を催す程の「あの痛み」が再発しています…

とりあえず今の仕事が無事終了したら、病院に行く考えではいますが…

嫌だなぁ。(てコトはまた「切る」ワケですねぇ。)

ヒトに指摘されれば
「流れ弾に当たった」とかアホな返答で誤魔化してましたが…

んなら、ちゃんと
「残り弾も取り除いてくれよ。」と云いたい。

しかし…何故今頃再発?
仕事終わるまでは大人しくしてて欲しいと願う今日この頃です…

色々ありましたが…
ま、もっと「迅速」に行動すればイイと自己反省もあり。

一先ずは「OK」が出てクリアです。

ぃや?今回は本当難産です。
色々な要望や規制ありの中での創作は、ホント「自由ではない」ですから。

しかしながら、
ワタシの「仕事」を認めての依頼ならば、
ワタシを「信じて欲しい」ワケです。

…と、
云ってしまえばまた新たな「プレッシャー」も掛かるワケですが。

とりあえずは良しとご満足戴けましたようで。

良かった良かった。
コレで後は暫く遊んでられる♪←そーゆーコトかよ

急に冷え込んぢゃって、益々「動きたくない病」が悪化してます。

なのに…連日あくせくと奮闘中。

しかし以前なら「寝ずの作業」が常だったのに、
もう0時も近くなると自然に目のシャッターが降りて来ます。

「独りきり」になって自由に集中するコトが難しい今。
ソレに何しろ早起きですからねぇ。朝弱いのに。


あぁ…独りになりたい。


もぅ寝るか。
(寝るしかナイですな。こんな時は)
…藤乃がご意見を上げて下さってます。


詳しくはウェブで。
( ´,_ゝ`)プッ.なんてネ。
←by 東 幹久 (爆死)




ありがとう藤乃。

…以前。こんなコトがありました。

泊まり込みの劇場で、「中日替え」(興行日数の半分で演目を替える)を
しなければならない規則があり、
終演後に舞台を借りて振付を創っていました。

その週、「踊りに自信のある」踊り子が
(しかし彼女は振付は振付師に頼んで踊っています。)
自分の香盤のポジションをワタシに「とられた」と勘違いし、
ワタシの舞台を見るコトはしないのに終演後のワタシの練習風景を
何故かこれ見よがしに投光室から覗き見ていました。

…と云う昔話。ご存知でしょうか。

罠から救って貰ったお礼に女人に化けてその村人の嫁となり、
機織りで見事な反物を織り貧しい村人に富を与える。

と…

突然こんな話を始めて
「へ!?」と思うかもしれませぬが
ワタシが今回お話ししたいのは、この昔話の終盤のトコロなのです。

<血迷い言>より。

 ストレスバイトから解放され、いよいよ長旅開始ですね。
無事到着の様子(アクシデントもあったようですが)。

体調の問題からようやく気が静まって、良かったと思うのも束の間。
…何だか随分と良くない状況下だったのですね。

当初は「憂鬱」に感じていたであろう長旅が、「癒やし」になるとは…

ま、「良い場所」になった事は喜ばしい事ですがね。(^^)

ぃや、何年振りでしょうか…
月丘の舞台の為の音源作り。

昨年もありましたが、あの時は一演目な上短めに作ったのと
(初めてだからこの位…と。ホント短かったです)
まぁ、ワタシ的には「演じ易い」お題だったので楽だったのですが…

今回はかなり厄介でした。